宮崎 あっち、こっち。

     鵜戸神宮  うどじんぐう     日南海岸国定公園

    宮崎県日南市大字宮浦3232  Yahoo!マップ Googleマップ(航空写真)
   祝! 鵜戸神宮ミシュラン☆獲得!!!
鵜戸神宮 洞窟の中に本殿があります。
 
  鵜戸神宮は「鵜戸さん」と愛称され、国定公園日南海岸・日南市鵜戸の日向灘に面した自然の神秘な洞窟の
 中に、朱塗りの色も鮮やかにご鎮座されています。この洞窟は、およそ1千平方メートル(約三百坪)ほどの広さ
 があり、主祭神の産殿の址と伝えられる霊地です。 「日向神話の世界」
 
 アクセス
 宮崎市方面から国道220号線を南下。 宮崎ICから車で約50分、宮崎市から約60分。

 
   
  旧官幣大社、 現・別表神社

 主祭神  
 
 相殿     大日霊貴尊(おおひるめのみこと) ・ 天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)
          彦火瓊々杵尊(ひこほににぎのみこと) ・ 神日本磐余彦尊(かむやまといわれびこのみこと)
 
 御由緒
 人皇第十代崇神天皇の御代の創建と古記により伝えている。人皇第三十四代の御代に六所権現の神殿を
 建立せられたと伝える。大隈国鵜戸権現の社記に、天平十九年(747)九月十九日勅して六所権現の号を賜
 ったとある。鵜戸では第五十代桓武天皇の御宇、天台宗の僧、光喜坊快久が勅命を蒙って、延暦元年(782)
 秋に神殿三宇を再興し寺院を建立し、勅号を鵜戸山大権現吾平山仁王護寺を賜ったという。これは弘仁三年
 (812)二月十八日の奥書がある『走湯山縁起』にその名が見える。その後、文安二年(1445)伊東六郎四郎
 の起請文に「鵜戸宮牛王宝印」の文字と、鵜の絵が版で刷られており、地域信仰の一つの核だったことは明ら
 かである。また『鹿児島県資料』によると、島津武久の起請文や、天正六年(1578)島津義久が大友宗麟との
 合戦に際し戦勝祈願をしているなど、島津氏からも崇敬されていたことがわかる。正親町天皇の永禄三年(15
 60)、領主伊東義祐は神殿を再興し、寛永十八年(1641)には領主伊東祐久が神殿を修復し、さらに寛永六年
 から八年九月二十二日まで二年余りの歳月を費やして領主伊東祐実が神殿三社の上屋、拝殿御供所籠屋を
 新再造した。その後正徳元年(1711)神殿を再構し明和七年(1770)八月これを修復した。慶応四年(1868)
 三月十三日、神仏分離が令せられ、社は仁王護国寺と分離した。明治二年二月五日鵜戸神社となり、明治七
 年三月二十五日に官幣小社に列せられ鵜戸神宮と改称、六月一日勅使参向。明治二十八年十月二十九日に
 官幣大社に昇格された。
   
佐師朝規(元鵜戸神宮宮司) 日本「神社」総覧(新人物往来社)より
 
 

 【別表神社】(べっぴょうじんじゃ)
 神社本庁が定めた、神社本庁が包括している一部の神社のこと。
 第二次大戦後、公的な社格の制度が廃止されたため、それに代わるものとして定められました。社格制度廃止後は、
 全ての神社は対等の立場であるとされました(伊勢神宮を除く)。しかし、一部の規模の大きな神社については、神職
 の進退等に関して一般神社と同じ扱いをすると不都合があることから、「役職員進退に関する規程」において特別な扱
 いをすることと定めています。その対象となる神社が同規程の別表に記載されていることから、「別表に掲げる神社」
 (別表神社)と呼ばれています。このように、別表神社は社格のような神社の格付けではなく、あくまでも神職の人事の
 みにかかわる区別です。しかし、別表に掲げられている神社は社殿、境内、神職の数などの面で比較的大きな規模の
 神社であり、一般には一種の格付けとして捉えられているのが実情です。別表神社には、神社本庁配下の旧官国幣社
 が全て含まれるほか、指定護国神社・旧府県社などの一部が含まれています。

 
鵜戸神宮・社殿 社殿内 龍と白象
 現在ある社殿は正徳元年の建築。本殿幣殿が結合した権現造りで杮葺(こけらぶき)、目にも鮮やかな
 極彩色が施してあります。拝殿は向千鳥破風及び軒唐破風を飾り、低床で四方に廻縁を附けた、特色
 ある社殿です。明治二十二年修造、昭和四十三年本殿及び末社を修復。
 
神門 神紋、十六八重菊 楼門
 神門                       神紋・十六八重菊                楼門
社務所 儀式殿 稲荷神社
 社務所                     儀式殿                       稲荷神社
 
 昭和四十五年七月、文政年間に建てられた茅葺の書院造社務所が原因不明の火災により焼失。
 それとともに古より伝わる古文書類の大半を失いました。その後、儀式殿・社務所が再築され、神門
 ・楼門が建てられて境内が整備され、現在の鵜戸神宮の形態を成しています。
 
 
 
■仁王護国寺と別当
 別当第一世は、中興開山 光喜坊快久。第八世から三代の間は、仁和寺門跡が兼摂されたといいます。
 鵜戸山護国寺は寺領千石を越えていましたが、飫肥藩・伊東領となって以来、四三一余石です。寺坊は
 十八ヶ寺を擁し、別当は五十九世まで続きました。代々の別当は新義真言宗本山智積院で学び仁和寺で
 任官し、菊花十六紋章の緋衣が許されていました。第五十九世観空法院の代に明治維新となり、堂坊は
 廃止毀去、仁王門は焼失。慶応四年三月十三日神仏分離令により別当と権現号が廃止されました。

 
 【別当寺】
 明治新政府による廃仏毀釈(神仏分離)が行われる以前、日本では古来からの神道と伝来宗教である仏教
 が宗教の対立を避け、調和を求めて同じ信仰体系を構築してきました。
 別当寺とは神仏習合説に基づいて神社に設けられた寺のことで、神前読経など仏式の祭祀が神社内で行わ
 れ、それを行う者を別当(社僧)と呼んだことから別当のいた寺を別当寺といいます。
 (神宮寺・神護寺・宮寺なども同義です。)
 
 
八丁坂 長い年月で石段の真ん中が窪んでいます  八丁坂
 一番古い石段参道で、吹毛井の港
 から神宮の山門まで長さ約800m
 (八丁)の石段が続いている。438段
 上ると別当墓地があり、下りは377段
 ある。この石段は「坊園の尼」さんが
 延暦年中(782~806)に近くの海岸の
 磯石を頭に担いで築いたという。
 
本殿前の景色。
 運玉占い

 運玉とは素焼きの約2cmの玉で、男性は左手女性は右手で
 祈りを込めて本殿前の亀石の窪みめがけて投げ入れます。
 見事入れば、願いがかなうと言われています。
 (ちなみに私、3連敗?更新中。)


 運玉を試してみたい方はこちら。(鵜戸神宮のサイト)
 
御乳岩 おちち水の由来
おちちあめ おちちあめ  御本殿のある岩窟にある「おちちいわ」は豊玉姫が乳房をひききり
 岩にくっつけていかれたとされる伝説の岩で、滴り落ちる清水で作
 る「おちちあめ」を母乳がわりにして、御主祭神は育ったといわれて
 います。その伝説にあやかって、この飴は現在でも鵜戸神宮で売
 られています。お湯に溶かして飲む、水飴状のもので美味。
 おみやげにどうぞ。
 
こわい.....。 奇岩の景観はいかにも霊地らしい。
神橋  この反橋は橋板三十六枚で作られ、金剛界三十七尊のうち
 三十六尊を現し、橋を渡る本人が一尊となって三十七尊の仏
 を現すといいます。この橋を架け替えるのに一切釘は用いま
 せん。「鵜戸玄深記」には、往古よりこの橋を限りとしてこれよ
 り奥に『不浄の草履木履を履事を禁ず云々』とあり、ここから先
 は裸足で参詣することが古くからの風習でしたが、戦後この風
 習は廃止されました。
 
シャンシャン馬 シャンシャン馬  宮崎の風物詩「シャンシャン馬」の風習は、江戸時代の中期から
 明治中頃まで行われていたといわれています。
 鵜戸さん詣りは、七浦七峠と呼ばれる険しくつらい路を、花嫁を馬
 にのせ、花婿が手綱をとって、鵜戸神宮へ向かい、宮詣りをして家
 路につくという旅で、県南部の農家の風習であったといわれてい
 ます。現在は、この風習はなくなりましたが、毎年「シャンシャン馬
 道名中鵜戸詣り」を再現する行事や、踊り、民謡大会などが行われ
 るなど観光行事として行われています。
 「シャンシャン」とは馬の首にかけられた鈴がなる音を表していると
 いわれています。
 
剣法のふるさと
 鵜戸山が両部神道で修験道場であったことから剣法が奨励されました。
 相馬四郎義元は正平六年(1351)奥州相馬生まれ。足利初期に鵜戸の岩窟で剣法を覚え、一流を創めて
 念流と名付け、のち慈音と号しました。末流は中条流・富田流・一刀流・長谷川流等があります。
 また、足利中葉の頃、鵜戸に参籠して剣法の奥義を極めた愛州移香斎があり、その陰流からは神陰流・
 柳生流・直真陰流等が生まれました。後、塚原卜伝は夢想剣の極意を伝承しました。
 
筑前・薩摩琵琶 発祥の地
 「薩摩琵琶淵源録」には祐教礼師が欽明天皇の御宇に十一歳で日向国鵜戸の窟に流され、琵琶及び読弾と、
 地神陀羅尼経を習い、これを九州各地の盲僧に伝えたと記しています。筑前・薩摩琵琶の源流をなすもので
 鵜戸から発祥したことは古くから一般に信じられています。(百済伝来説も有り)
 盲僧だけに伝わる「仏説地神陀羅尼経」。現在、檀家回りを続けている琵琶盲僧は全国でただ1人。宮崎県
 延岡市、長久山浄満寺住職の永田法順師(県無形文化財)だけです。永田さんの祈祷や釈文を収めたCDは
 文化庁が発表した、2005年度芸術祭賞のレコード部門大賞に選ばれています。
 

 
 
 吾平山陵(あひらさんりょう) 鵜戸陵墓参考地
 
 御祭神のお墓で速日峯(はやひのみね)頂上にある。文献の中には日本書紀に「葬日向吾平山上陵」とある。
 宮内庁御陵墓参考地となっているのは鹿児島県吾平町にも吾平山陵があり、明治28年に鵜戸神宮の陵墓は
 伝説の地と指定された為。が、どう考えてもこちらの方が本当の陵墓だと言う声は未だにある。2月2日にお祭り
 「吾平山上御陵祭」がある。  鵜戸神宮公式HPより
速日峯頂上 吾平山陵 鵜戸陵墓参考地・宮内庁
速日峯頂上まではけっこうな急坂を登ることになります。足元があまり良くないので 御陵墓参考地を示す宮内庁の立て札
天気のよくない日は登らないほうが無難かもしれません。「イノシシ注意」の看板を
あちこちで目にします。千古の間斧の入らぬ原始の森なのでなにがいても不思議
ではありませんが、この日吾平山陵にいたのは数匹のサルたちでした。

 
稲荷神社へ 山道への入り口 苔むした葺き石 山頂への道はかなり荒れています

 【御陵墓参考地】
 陵墓参考地とは、被葬者の具体的な特定はできてないけれども、文献や伝承あるいは墳塋の規模や
 出土品の内容から考えて皇室関係者の墳墓の可能性が高いところを指す。
 将来の陵墓の考証と治定に備え、土地を取得して宮内庁で管理している場所。
 

 
 
波切神社    波切不動尊という。 1月28日に例祭があり、講社(特に漁師の方々が多い)のお参りがある。
波切神社 洞窟の奥に社があります
鵜戸崎は巨大な岩山 霊地と呼ぶにふさわしい静けさ
 
 鵜戸神宮参道の楼門をくぐると左手に稲荷神社への階段があります。稲荷神社の右奥に吾平山陵と
 波切神社へと向かう山道の入り口があります。登り始めるとすぐ波切神社へと進む案内板があります
 ので右手に登って行き、山道を10~15分進むと鵜戸崎の北側に出ます。そこには大きな洞窟が口を
 開けていて、内部に波切神社のこじんまりとした社が鎮座しています。
 
分岐点 イノシシの足跡 千古斧の入らぬ森 サツマサンキライ
急坂、危険! ハードな山道 ツワブキ
 波切神社への山道は、吾平山陵への道よりも高低差がない分楽かもしれません。ただ、途中には危険な箇所も
 ありますので、甘く見ないほうがいいでしょう。イノシシの足跡がたくさんありました、ご注意下さい。

 
 
サツマサンキライ・花  サツマサンキライ  Smilax bracteata Presl.
   薩摩山帰来    ユリ科
 九州南部からミクロネシアにかけて分布し、海岸近くの自然林内によく見
 られる常緑のつる性低木。サルトリイバラによく似ていますが、実の色が
 違います。サルトリイバラの実の色は真っ赤ですが、サツマサンキライの
 実は黒紫色です。別名「かから」。サツマサンキライの葉は「柏餅」に使わ
 れる柏の葉によく似ていて、南部九州ではこの葉で団子を包み、柏餅とす
 ることもあるようです。
 
鵜戸ヘゴ  鵜戸ヘゴ自生北限地帯 国指定天然記念物
 ヘゴは、湿度の高い林の中を好む木性シダです。高さが4mに達する
 ものもあり、2mもある葉が八方に広がります。
 鵜戸神宮北側の、杉が混在する自然林の窪地にある「鵜戸ヘゴ自生
 北限地帯」は、その生態が珍しく、昭和43年国の天然記念物となりました。
 当時は樹齢20~50年のものが20本もありましたが、昭和51年の寒波で
 枯れてしまいました。その後の調査で小型(1m未満)のものが約30本ほど
 自生しているのが確認されています。
 
 
小割瀬 ヒット! 釣り人しか見ることのない奇岩群
 波切神社へ向かう途中に磯場へ下りられる小道があります。ここは「小割瀬」と呼ばれる地磯でメジナやイサキ
 など上物が狙えるポイントです。この日も数人の釣り人が型の良いメジナを次々と釣り上げていました。
 鵜戸神宮周辺は絶好の海釣りポイント。瀬が荒い為、主に遠投カゴ釣りが主流ですが、メジナ・クロダイ・イサキ・
 イシダイ・イシガキダイ・マダイ・フエフキダイ・シブダイ・ハマチ・ヒラマサ・アラ 等、多彩な魚が狙えます。
 好ポイントがたくさんありますが、各ポイントとも瀬が「かけあがり」になっているため、波には十分な注意が必要で
 す。また、最近はごみ問題等釣り人のマナーが問われています。誰も見ていなくても、「鵜戸さん」が見てますヨ。
 



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